”忖度”は一切なし 確信と執念の映画評
蓮實重彦『見るレッスン 映画史特別講義』
光文社新書 902円
これは出版界の事件ではないか。あの蓮實重彦が「新書」を出したのだ。本人によれば、この『見るレッスン 映画史特別講義』は最初で最後の新書である。
驚くのはそれだけではない。難解ではないのだ。むしろ分りやすい。そして読みやすい。まさに新書だ。特別講義はハリウッド映画の現在に始まり、日本映画、ドキュメンタリー、ヌーベル・バーグなど全7講。基礎を学べる概説部分もあるが、醍醐味は確信をもって展開される持論だろう。
蓮實の興味は映画作家にしかない。海外でのイチオシは『セインツ』や『さらば愛しきアウトロー』の監督デヴィッド・ロウリー。構図や光線、被写体との距離など、その「ショット」を絶賛する。日本で注目するのはドキュメンタリーの女性監督。『空に聞く』の小森はるかと『セノーテ』の小田香だ。作り手としての価値を「時間」というキーワードで解説していく。
一方、『ロスト・イン・トランスレーション』のソフィア・コッポラは「演出が下手くそ」で、「工夫が何もできていない人」だと断言している。また国内では、『ホットギミック』などの山戸結希を「映画に対する飢えというものが彼女には全くない」と酷評。蜷川実花も「天性の映画監督ではない人が撮っている」と見事に一刀両断だ。ここまで言える映画評論家など滅多にいない。
伝わってくるのは映画を見ることへの執念だ。「見るからには本気で見ろよ」の言葉が突き刺さる。
(週刊新潮 2021.02.04号)