実録路線の「おちょやん」
その課題と後半への期待
2月末で前半が終了した、NHK連続テレビ小説「おちょやん」。杉咲花が演じる竹井千代のモデルは浪花千栄子である。明治の生まれで大正時代から舞台に立ち、戦後も映画やテレビで活躍した実在の女優だ。
どこまでも明るさを失わない千代のキャラクター、杉咲の溌剌とした演技、そして「半沢直樹」(TBS―HBC)などを手掛けた八津弘幸の脚本の力もあって、「おちょやん」の出来は悪くない。ただし、なぜ今、浪花千栄子なのかがよく分からないのだ。
多くの朝ドラには共通点がある。まず、主人公である女性の幼少時から晩年までを描く「一代記」であること。また女性の自立をテーマとした「職業ドラマ」の側面もある。全体的には生真面目なヒロインの「成長物語」という展開が一般的だ。
今回の「おちょやん」もこの三原則を踏襲するが、そこに「実録路線」という要素が加わっている。実在の人物が朝ドラのモデルとなるのは珍しくない。2010年の「ゲゲゲの女房」(漫画家・水木しげるの妻)、その翌年の「カーネーション」(デザイナーのコシノ3姉妹の母)などが好評を得てきた。
一方、見る側があまり共感できなかった作品もある。16年「べっぴんさん」(子ども服メーカー、ファミリアの創業者)、17年「わろてんか」(吉本興業の創業者)などだ。彼女たちは成功者かもしれないが、その人生に感情移入できるかどうかは別だった。実録系ドラマは人選に大きく左右される。
女優の浪花千栄子だが、確かにある年代以上の人は名前を知っている。「大阪のお母さん」と呼ばれたことも事実だ。しかし、代表作を聞かれても即答するのが難しい。溝口健二や黒澤明の映画に出てはいるが脇役だ。よく知られたドラマ「細うで繁盛記」(読売テレビーSTV)も登場人物の一人である。最もその名を広めたのは「オロナイン軟膏」のCMかもしれない。
実録路線の難点はモデルの存在に縛られることだ。物語を面白くするためとはいえ「なかったこと」をあったようには見せづらい。逆に、遺族や関係者への配慮から「事実」を削除したり、ぼかしたりすることもある。
本来はモデルの実人生を「原作」と捉え、大胆に「脚色」しても構わないのだ。それがドラマ作りでもある。だが、現在までのところ、「おちょやん」は浪花千栄子の軌跡をなぞってはいるが、「いい人」だけではなかった女優の業(ごう)や情念までは描いていない。そこが最も後半に期待するところだ。
(北海道新聞「碓井広義の放送時評」2021.03.06)