北海道新聞に連載している「碓井広義の放送時評」。
今回は、あの「現代のベートーベン」騒動について書いています。
作曲家・村河内守氏めぐる騒動
物語と感動優先 虚像を演出
作曲家・佐村河内守氏をめぐる騒動が続いている。2月に、代表作「交響曲第1番HIROSHIMA」などが別人の作曲だったと判明。さらに聴覚障害の真偽も疑わしい。
佐村河内氏が注目された背景には、彼を礼賛してきた多くのメディアの存在がある。中でも2013年3月31日に放送されたNHKスペシャル「魂の旋律〜音を失った作曲家〜」の影響は大きかった。
番組は彼の創作活動に密着。「闇の中からつかんだ音みたいな、そういったものこそ僕にとっては真実の音なんじゃないかな」などと語る全ろうの作曲家に、ネット上では称賛の声があふれ、CDの売り上げも急増した。
結果的に制作者たちは彼が作り上げた虚像に気づかなかったことになる。いや、現時点では「うそを見抜けなかった」と言い張るしかない。知っていたなら、佐村河内氏と共に視聴者を欺いたことになるからだ。
実は、この番組には佐村河内氏が自作を楽譜に書き込んでいる場面がない。NHKに企画を持ち込み、制作にも携わった外部ディレクターによれば、肝心の作業は絶対に撮らせなかった。
しかし、もともと彼を取材対象とした理由に、耳が全く聞こえない作曲家という「あり得ないことをする人」があったはずだ。この場合、あり得ないことが起きている事実を映像で押さえないまま、番組として成立させたことに問題がある。
なぜそうなったのか。事実よりも、「現代のベートーベン」という“物語”と“感動”を優先させたからだ。
ここで思い出すのが2002年4月28日のNHKスペシャル「奇跡の詩人〜11歳 脳障害児のメッセージ〜」である。
脳障害のため話すことも立つこともできない少年が、文字盤を使って詩を書き、詩集も出版している。少年は不自由な手で文字盤を指さし、母親が読み取る。そんな創作現場を取材した番組だった。
ところが、どうしても文字盤自体を母親が移動させているようにしか見えない。「こうあって欲しい」という母親の切なる思いは伝わるが、事実として受け止めるには無理があった。その後、内容が問題視され検証番組も作られたが、疑惑は払拭されないままだ。
重度脳障害の少年詩人。そして被爆2世で全ろうの作曲家。どちらも美談になりそうな題材であり、視聴者の感動を呼ぶドラマチックなストーリー性がそこにある。
だが、そんな時こそ制作者は虚実に敏感であるべきだし、冷静で客観的な目を持たなくてはならない。NHKには、前回にも増して事実と真摯に向き合う検証番組の制作を望みたい。
(北海道新聞 2014.03.03)