この12年間、ほぼ1日1冊のペースで本を読み、毎週、雑誌に
書評を書くという、修行僧のような(笑)生活を続けています。
今年の上半期(1月から6月)に「読んで書評を書いた本」の中から、
オトナの男にオススメしたいものを選んでみました。
今回は、その「パート3」。
閲覧していただき、一冊でも、気になる本が見つかれば幸いです。
2014年上半期
「オトナの男」にオススメの本
(その3)
川瀬七緒 『桃ノ木坂互助会』 徳間書店
光太郎が会長を務める桃ノ木坂互助会は、単なる老人たちの集まりではない。愛すべき町と平穏な暮らしを妨げる悪を排除する秘密のチームだ。外から移り住んできて周囲に迷惑をかけ続ける人間を、非暴力的な手段で町から出て行くように仕向けてきた。
新たな標的は武藤という若者だ。アパートの大家とのトラブルだけでなく、愛想の良さでは隠せない不穏な雰囲気を漂わせていた。武藤を監視し、遠回しの警告を発する光太郎たちだったが、町内の老婆が危害を加えられたことで作戦の実行は一気に加速する。
しかも武藤を狙っているのは互助会だけではなかった。何者かが先行する形で武藤にプレッシャーをかけていたのだ。互助会と武藤と謎の追い込み屋。奇妙な三つ巴の戦いが展開される本書は、熟年パワーが炸裂する異色ミステリーだ。
大場健治 『銀幕の恋 田中絹代と小津安二郎』 晶文社
小津安二郎にまつわる女優といえば、原節子の名前が挙がることが多い。また田中絹代と溝口健二の関係にも只ならぬものがある。
そんな常識を覆す本書は、田中絹代と小津との“秘めたる恋”を描いたノンフィクションノベルである。とはいえ、ベースとなるのは小津作品や日記をはじめとする多くの資料だ。その実証的考察の上に2人の恋愛感情を探り当てている。
たとえば小津が最初に絹代を意識する場面。飯田蝶子に呼ばれた小津が出向くと、そこに絹代がいた。すでに松竹の幹部だ。小津の親友でもある清水宏監督との試験結婚と破綻も経ていた。不逞の目をした21歳が言う。「先生、わたしの体は汚いんでしょうね」
己を持するに誠実で厳格、少しの妥協も潔しとしない、モラリストの小津。生きることにひたすら貪欲な絹代。その恋愛は悲劇か、喜劇か。
城内康伸 『昭和二十五年 最後の戦死者』 小学館
朝鮮戦争の休戦協定が結ばれて60年。“参戦”していなかった日本に “戦死者”がいた事実が明かされる。機雷除去のために海上保安庁の秘密部隊が派遣され、死者が出たこの活動はタブーとして封印されてきた。第20回小学館ノンフィクション賞優秀賞受賞作である。
樫原辰郎 『海洋堂創世記』 白水社
フィギュア(模型)の造形企画製作・販売の海洋堂。いまや世界的ブランドとなったマニア憧れの会社だ。映画監督である著者は80年代のある時期をここで過ごした。伝説の原型師たちとの模型三昧の日々。マニアックにして愉快な創世記の秘話が初めて明かされる。
小沢昭一 『写真集 昭和の肖像<芸>』 筑摩書房
昨年12月に亡くなった著者が生前に企画していたのが本書だ。みせる芸、かたる芸、さすらう芸など、いずれも「見世物は芸能のふるさとである」の言葉を体現したものばかり。路上の飴細工からステージを終えた一条さゆりまで、至芸の人々の往時の姿が甦る。
瀬戸川宗太
「思い出のアメリカテレビ映画〜『スーパーマン』から『スパイ大作戦』まで」 平凡社新書
『懐かしのテレビ黄金時代』に続く、テレビ全盛期シリーズの最新刊。1956年から69年までに放送された米国製テレビ映画のオンパレードだ。上陸一番乗りの『カウボーイGメン』。豊かな生活への憧れ『パパは何でも知っている』。西部劇好きの子供を増やした『ララミー牧場』等々。
本書の特色は、当時の海外テレビ映画と劇場用映画、そして出演していたスターたちを同時並行で分析している点にある。中でもテレビで名を揚げ、後に映画界で活躍した監督の何と多いことか。日米双方の現代文化史を解読するヒントだ。
遠藤武文 『龍の行方』 祥伝社
『天命の扉』『原罪』などで活躍してきた長野県警捜査一課・城取圭輔警部補シリーズの短編集だ。もちろん、社会心理学者で信州大学教授の四月朔日(わたぬき)香織も活躍する。
収められた5編に共通するのは、事件の背景に配された信州の伝説や伝承だ。農園経営者の長男が誘拐される表題作では、松谷みよ子の童話『龍の子太郎』の原型となった民話「泉小太郎」が登場する。離婚して家を去った母親の「リュウにならなきゃいけない」という言葉が捜査のヒントとなるのだ。
また、『被疑者は八面大王』は町の名士が殺害される事件だが、坂上田村麻呂に討伐された伝説の英雄との重ね合わせが物語に陰影を与えている。同時に、信州に限らず全国各地の町で散見できる地域問題も事件を複雑にしている要素だ。異色コンビの推理が冴える。
芦原 伸 『へるん先生の汽車旅行〜小泉八雲、旅に暮らす』
集英社インターナショナル
著者は雑誌『旅と鉄道』編集長。「へるん先生」こと、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の足跡をたどったユニークな作家評伝にして紀行エッセイである。
ハーンは幕末の嘉永3(1850)年にギリシャで生まれ、明治37(1904)年に東京で没した。享年54。その間、町から町への放浪の旅人だった。ニューヨーク、シンシナティ、トロント、バンクーバー、そして日本国内の旅。
著者は鉄道を乗り継ぎ、ゆかりの町に滞在しながらハーンと向き合う。無一物の青年の野心、人間不信の傾向、偶然だった松江行き、妻・セツとの出会いなどに、それぞれ新たな視点からスポットを当てていく。
特に注目すべきは、ハーンがいわゆる「お雇い外人」ではなく、自ら押しかけて来た自由人だったことだ。19世紀という「鉄道の時代」もまた活写されている。
筒井康隆 『創作の極意と掟』 講談社
本書は「作家としての遺言である」という強烈な序言と共に始まる。並んでいるのは全31項目。たとえば「凄味」に関して、作品に死や恐怖を登場させてもそれは生まれない。人間の深層の襞の中にある不条理感などを刺激すべしと説く。小説好きは必読の一冊だ。
内田樹・小田嶋隆・平川克美 『街場の五輪論』 朝日新聞出版
2020年の東京オリンピック。国際社会における日本のステータスを押し上げ、経済的波及効果も期待大だ。一体何がいけないのか?と思っている人ほど一読すべき鼎談集である。世の同調圧力にも屈しない異端の3人が語り尽すのは、五輪の背後の今そこにある危機だ。
村上裕一 『ネトウヨ化する日本』 KADOKAWA
ネトウヨとは「ネット右翼」のこと。ネット上の“共感”を基に敵と友を峻別し、敵と認識すれば徹底攻撃する。そんな現象が日常茶飯事だが、彼らの多くは社会的には普通の人たちなのだ。ネットと政治が結びつくことの危うさとは何なのか。気鋭の論客が解明する。
中原清一郎 『カノン』 河出書房新社
著者の名前を知らない人は多いかもしれない。しかし、外岡秀俊のペンネームだと言われたら食指が動くはずだ。学生時代に『北帰行』で文藝賞を受けながら、新聞記者の道を選んだ伝説の作家。編集局長を最後に退職した著者が、37年を経て世に問う長編小説である。
舞台は近未来の東京だ。末期がんで余命1年となった58歳の男性・北斗と、記憶を失っていく病に冒された32歳の女性・歌音(かのん)。2人は人間の記憶をつかさどる脳の部位「海馬」を交換する手術を受ける。
物語は若い女性の体に入った北斗の“こころ”を軸に展開されていく。夫や4歳の息子との関係。他者の意識との相克。社会における男女差の問題。北斗にとって全てが初体験だ。自分とは何か、生きるとは何かという問いかけが続く。
小説ならではの興奮と静かな感動が味わえる秀作だ。
中村一成 『ルポ 京都朝鮮学校襲撃事件〜〈ヘイトクライム〉に抗して』 岩波書店
その事件は2009年12月4日に起きた。京都朝鮮第一初等学校に、在特会(在日特権を許さない市民の会)のメンバーらが押しかけたのだ。「北朝鮮のスパイ養成機関、朝鮮学校を日本から叩き出せ!」などの怒号は1時間も続いた。怯える子どもたち。守ろうとする教員。警察は駆けつけたが、傍観するのみだった。
ヘイトスピーチやヘイトデモの原点といわれる事件の内実を明らかにしたのが本書だ。真摯な取材で浮かび上がってくるのは、襲撃者たちが差別を「エンターテインメント」として消費する驚くべき現実だ。また襲撃する側とされる側、双方の「相撃ち」を狙う警察と、ひたすら「逃げ」に終始する行政に対しても疑問を投げかけている。
ヘイトスピーチの法規制と表現の自由の「二者択一」が、いかにナンセンスであるかも伝わってくる。
佐藤卓巳 『災後のメディア空間』 中央公論新社
著者はメディア史を専門とする京大准教授。本書は「東京新聞」などに連載した論壇時評を中心にまとめたものだ。「デモによってもたらされる社会」が幸福かを問い、輿論(公的意見)ならぬ世論(全体の気分)を反映するだけのジャーナリズムを鋭く批判する。
塩澤実信 『昭和のヒット歌謡物語』 展望社
作曲家の服部良一、吉田正、遠藤実。作詞家の菊田一夫、なかにし礼、阿久悠。昭和という時代を象徴する歌謡曲の作り手たちが並ぶ。彼らはいかに生き、名曲の数々はいかに生まれたのか。著者が掘り起こしたエピソードから見えてくるのは、日本人の心情の原点だ。
秋山 駿 『「死」を前に書く、ということ 「生」の日ばかり』
講談社
日付入りのエッセイで構成された本書は、昨年秋に亡くなった著者の遺作だ。たとえば、「人が生きる。そこから『物語』が始まる」といった文章をはじめ、徹底的に自分を見つめた末の「私哲学」と呼ぶべき境地が綴られている。その思索の螺旋状の深まりに驚く。
小林史憲 『テレビに映る中国の97%は嘘である』
講談社+α新書
その独自路線が功を奏し、評価が高まっているテレビ東京。著者は現在「ガイヤの夜明け」のプロデューサーだが、2008年から昨年まで北京特派員を務めていた。本書は実体験に基づいたリアルな国情報告だ。たとえば反日デモが各地で一斉に起きる背景には政府のコントロールがある。
また海外のメディアが取材しようとすると警察の執拗な干渉を受ける。「安全のために」と言って拘束するのも当たり前。その監視は地方にまで及んでいる。画面に映らないものは伝わらない。映ったものも事実の一部に過ぎないのだ。