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2014年上半期 「オトナの男」にオススメの本(その5)

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この12年間、ほぼ1日1冊のペースで本を読み、毎週、雑誌に
書評を書くという、修行僧のような(笑)生活を続けています。

今年の上半期(1月から6月)に「読んで書評を書いた本」の中から、
オトナの男にオススメしたいものを選んでみました。

今回は、その「パート5」になります。

閲覧していただき、一冊でも、気になる本が見つかれば幸いです。


2014年上半期 
「オトナの男」にオススメの本
(その5)
村上春樹 『女のいない男たち』 文藝春秋

『東京奇譚集』から9年ぶりの短編小説集だ。登場するのは女性に去られてしまった、もしくは去られようとしている男たち。著者は楽しみながら様々な手法、文体、シチュエーションを試みている。

『ドライブ・マイ・カー』の主人公は、病死した妻が別の男と関係があったことを知りながら、何も言えなかった自分に拘り続けている。しかし、新たに雇った女性の専属運転手と一緒に走るうち、秘めていた過去を少しずつ語り始める。

また、小学校時代からつきあっているガールフレンドを抱くことのできない友人から、代理の恋人になってくれと頼まれるのは『イエスタデイ』の主人公だ。

全6編の最後に置かれた表題作は、他の作品より寓話性と暗示性に富み、男と女の深層へと踏み込んでいる。女のいない男たちの孤独感が重く痛切だ。


杉田俊介 『宮崎駿論〜神々と子どもたちの物語』 NHK出版

著者は『フリーターにとって「自由」とは何か』などで知られる批評家。NPO法人で障害者ヘルパーを務めながら執筆活動を続けている。本書は自身の子育ても踏まえた、いわば体験的作家論である。

「私たちのありふれたこの身体に、どうすれば、八百万の神々(自然)の力を再び宿していくことができるのか」――この問いかけが宮崎アニメの底流にあると著者は言う。

たとえば『風の谷のナウシカ』や『となりのトトロ』も、この国の自然=神々を信じ直すために、子どもとしての潜在的な身体(欲望)を取り返そうという試みなのだ。その上で、「お前ら、この世界の大人たちに食い殺されるな」という、子どもたちへの厳しいメッセージが込められている。

家族観も歴史観も重層的な矛盾に満ちている宮崎駿。その本質に迫る意欲作だ。


川名壮志 『謝るなら、いつでもおいで』 集英社

2004年6月1日、佐世保市の小学校で6年生の女子児童が殺害された。犯人は同じクラスの友達。被害者の父親は新聞記者で、著者の上司だった。事件の背後に何があったのか。愛する者を失った家族は現実とどう向き合ったのか。鎮魂のノンフィクションだ。


南川三治郎 『聖地 伊勢へ』 中日新聞社

20年に一度の式年遷宮によって、1300年にわたり“更新”され続けてきた伊勢神宮。その神事のプロセスと四季の移り変わりを、美しい写真と達意の文章で伝えている。日本人の「心のふるさと」というだけでなく、国境や人種を超えた聖地の姿がここにある。


柳下毅一郎 『皆殺し映画通信』 カンゼン

俎上に乗る日本映画は76本。忖度・容赦の一切ない辛口批評が冴えわたる。『風立ちぬ』は夢と現実、マザコンとロリコン、兵器と反戦が一つになった世界。『永遠の0』はセリフで説明して復習もするバカでもわかる演出。自称「映画当たり屋商売」の面目躍如だ。


山下貴光 『イン・ザ・レイン』 中央公論新社

同窓会詐欺の犯人。騙された被害者。人探し専門の探偵。3人の目線が交錯する、異色のハードボイルド長編である。奇妙な自己啓発セミナーや、桃の缶詰と呼ばれる伝説の探偵も登場して謎が謎を呼ぶ。仕掛けられたトリックを見破るのも、また欺かれるのも快感だ。


中川右介 『悪の出世学〜ヒトラー、スターリン、毛沢東』
幻冬舎新書

最強最悪とわれる3人の政治家を取り上げているが、ポイントは2つだ。彼らは組織内でいかに上り詰めていったのか。また独裁者となった後、どのように政敵を排除し絶対的権力を掌握したのかが語られる。ヒトラーの「勝利神話」作り。スターリンの「敵の弱み」を握る手法。毛沢東の「スローガン」活用術などだ。

共通するのは「情報」の価値を熟知しており、有効な武器としたことである。自己宣伝、広報戦略にも長けている。また「敵の敵」を利用するのも横並びだ。歴史の裏話集、警鐘の書、悪漢小説としても楽しめる。


貫井徳郎 『私に似た人』 朝日新聞出版

舞台は近未来の日本だ。そこでは、「小口テロ」と呼ばれる小規模で局地的なテロが頻発している。誰が何の目的で行っているのか。読者は10人が語る「物語」を通じて、この国の患部に触れていくことになる。

まず本書で描かれる、すぐそこにある未来社会の様相が興味深い。「レジスタント」と称するテロの実行犯の多くは貧困層の住人たちだ。完全な格差社会の中で公的にも私的にも満たされない彼らの心を操るのは、ネット上に存在する謎の人物「トベ」である。

テロを引き起こす人間、テロを促す人間、テロを憎む人間、そしてテロの犯人を追う人間。それぞれが日常を生きながら、非日常的な逸脱へと向かっていく。孤独なはずなのに、奇妙なリンクに連なっていく。著者の巧みなストーリーテリングが成立させた、異色のサスペンス長編だ。


野地秩嘉 『イベリコ豚を買いに』 小学館

テーマを決め、資料に当たり、取材を行い、文章化する。ノンフィクション作家である著者はこの作業を長年続けてきた。しかし本書の中身はいつもとは違う。自身が対象に深くコミットし、その動きと影響も作品に取り込んでいるからだ。

人気のイベリコ豚とは何なのかに興味を持ち、本場スペインで取材をしようとするが頓挫。ならば「買う人」になろうと発想転換し、現地へと飛ぶ。そこで出会ったのはイベリコ豚の真の姿と、自国の文化として誇り思っている人たちだ。

また国内では、製品化のために結集してくれた面々との試行錯誤が続く。その過程で、著者は「本当の仕事の本質とは、毎日やる事務連絡と結果の確認、そして参加者の情報レベルを統一すること」だと知る。

食文化とビジネスにまたがった、体験的ノンフィクションの佳作である。 


塩澤幸登 『編集の砦』 河出書房新社

副題は「平凡出版とマガジンハウスの一万二〇〇〇日」。約30年の編集者生活を回顧する自伝的出版史だ。また人生の遍歴は「人間同士の出会いと別れの連続」と著者が言うように、清水達夫から木滑良久や石川次郎までが登場する、“伝説の編集者”列伝でもある。


筒井康隆ほか 『名探偵登場!』 講談社

文芸誌『群像』で特集されただけに異色作が並ぶ。筒井康隆「科学探偵帆村」の主人公は海野十三が生んだ探偵。津村記久子「フェリシティの面接」のヒロインはクリスティ作品に登場する秘書だ。また辻真先「銀座某重大事件」で金田一耕助に会えるのも嬉しい。


ワード:編著 『京都男子 とっておきの町あるき』 平凡社

「京都に暮らす男子が教える京都」というコンセプトが秀逸だ。居心地のいい本屋と珈琲店。時間を忘れる庭。こだわりの一品を入手できる店など。いずれも観光ではなく生活寄りの「京都ならでは」に満ちている。主張しすぎない写真とブックデザインも好ましい。


伊東 潤 『天地雷動』 角川書店

信玄亡き後、必死で武田軍を統帥する勝頼。秀吉や家康を縦横に駆使して突き進む織田信長。両者が激突したのが「長篠の戦い」だ。本書は、その後の勢力地図を塗り替えた稀代の一戦を描く長編歴史小説である。

著者は4人の男たちの視点を借りて物語を展開させていく。信長の命令で大量の鉄砲を調達すべく奔走する秀吉。多くの犠牲を必要とする役割を担わされ続ける家康。重臣たちとの軋轢を抱えたまま戦う勝頼。そして武田勢の最前線にいる宮下帯刀(たてわき)だ。

本書の特色は2点。まず実際の戦場にいるかのような臨場感だ。指揮官の判断力と行動力が明暗を分ける。また彼らに従う者たちの現場力も勝利を引き寄せる。運命という言葉が重い。

次に、野心と不安が交錯する男たちの熱い人間ドラマである。彼らは何を信じ、命をかけて戦ったのか。


橋爪大三郎 『国家緊急権』 NHK出版

「国家緊急権」とは何か。社会学者である著者によれば、「緊急時に政府が必要な行動をとること」を指す。それは政府が憲法違反をしてまでも、国民を守らなければならない緊急事態が生じた場合のアクションだ。

これまであまり議論されてこなかったのは、学問的に難問であり、また論ずること自体への反発が専門家にあるためだという。

国家緊急権は、いわば憲法を超えた権力だが、その法制化は行使にとって不要であり充分でもない。緊急事態になれば、政府は法制に関わらず速やかに適切で必要な行動をとらなければならないからだ。しかもその判断は政府の長(行政責任者)が自己倫理で行う。

憲法や集団的自衛権を論じる際、緊急権の存在を無視することは出来ない。また主権者である国民が知っておくべき事実でもある。たとえ物騒であっても。


鈴木洋仁 『「平成」論』 青弓社

気鋭の社会学者による現代社会論だ。四半世紀を数える平成時代を経済、歴史、文学、報道、批評など様々な角度から考察している。「わからなさ」と「手応えのなさ」を踏まえて、この時代を総括した言葉が「時代感覚の欠如」。個人的体験も織り込まれた快著だ。


中山康樹 『キース・ジャレットを聴け!』 河出書房新社

『マイルスを聴け!』などで知られる著者が挑む百番(枚)勝負だ。冒頭でキースの曲を「ジャズとして響かないジャズ」だと幻惑的に表現。75年の傑作『ケルン・コンサート』について、「この日は旋律の神が舞い降りたのだろう」と結んでいるから、やはり侮れない。


草森紳一 『その先は永代橋』 幻戯書房

「橋を渡る」という行為から連想された膨大な数の人間が登場する。幕末の武士に始まり、頼山陽、志賀直哉、小津安二郎、阿部定、堀田善衛、フランシス・ベーコンなど約300名。あたかも人間曼荼羅であり、著者の脳内宇宙でもある。今年上半期随一の奇書だ。


黒澤和子:編 『黒澤明が選んだ100本の映画』 
文春新書

黒澤明が好きな映画作品とその理由を率直に語っている。尊敬と憧れのジョン・フォード監督『荒野の決闘』。カメラワークの勉強になったという『第三の男』。テンポとラストに感心した『太陽がいっぱい』。さらにウディ・アレン『アニー・ホール』も並ぶ。

邦画では小津安二郎『晩春』、成瀬巳喜男『浮雲』から、『となりのトトロ』や北野武監督作品にまで言及している。愛娘である編者を相手にしての感想、インタビューでの言葉、そして作品解説とで構成されており、巨匠の肉声が聴けることが最大の贈り物だ。


小池真理子 『ソナチネ』 文藝春秋

7編が収録された最新短編集だ。全体を貫くテーマは、エロスと死である。

急死した夫が遺した1本の鍵から、自分もよく知る女との愛人関係を想像する周子。夫と女が見つめ合う姿を目撃したことが疑惑の始まりだ。悩んだ周子は女のマンションへと向かう(「鍵」)。

中年の主婦・美津代は、ふと思い立って指圧院に入る。そこで受けた施術が予想を超えた快感をもたらす。驚きと戸惑い、そして怒り。だが、やがて指圧院通いが止められなくなる(「千年萬年」)。

ピアニストである佐江は教え子のホームコンサートに出席する。会場の別荘で出会ったのは生徒の叔父だ。結婚を間近に控えた佐江だったが、この男に心惹かれる自分を抑えられない(「ソナチネ」)。

いずれの作品にも決して若くはないヒロインが登場する。彼女たちが体現する大人の女性の官能は、今の著者だからこそ描ける境地だ。


なべおさみ 『やくざと芸能と〜私の愛した日本人』 
イースト・プレス

いわゆる「タレント本」と決めつけ、避けて通るには惜しい一冊だ。当事者による戦後芸能史として、また独自の視点からのやくざ論として実に興味深い。

喜劇役者である著者は現在75歳。学生時代から三木鶏郎のもとで放送作家の修業を行い、歌手の水原弘や勝新太郎の付き人を務める。やがてコメディアンとして活躍するようになるが、その間に出会った人たちとの交流が人格を形成していく。

名前が挙がるのは白洲次郎、石津謙介、渡辺晋、石原裕次郎、美空ひばり等々だけではない。裏社会のスターだった安藤昇や花形敬をはじめ、実在の親分たちも実名で登場する。

根底にあるのは、芸能の世界とやくざ社会とのつながりを歴史的に捉える著者の視点であり世界観だ。ここまで正面切って、やくざについて論じた芸能人はいなし、今後も出そうにない。


村上陽一郎 『エリートたちの読書会』 毎日新聞社

世界のエグゼクティブが参加する読書会。そこで使われるテキストに日本の叡智が選んだ古典を加えたのが「百冊のグレートブックス」だ。カテゴリーは世界と日本、自然・生命、美と信など6つ。著者と共に何冊かを読み解きながら、「教養」とは何かを考える。


白鳥あかね 『スクリプターはストリッパーではありません』 
国書刊行会

著者は今村昌平、熊井啓、藤田敏八、神代辰巳など名だたる日活系監督の作品を手がけてきたスクリプター(記録係)だ。また脚本家、プロデューサーとしても活躍してきた。現場を最もよく知る証言者を得て、戦後日本映画史に新たなスポットが当てられる。


佐高 信 『ブラック国家ニッポンを撃つ』 七つ森書館

悪徳企業どころか、国全体がブラック化していると著者は憤る。TPP、特定秘密保護法、集団的自衛権などを梃子に安倍政権が現出させようとしている日本はあまりにも危うい。本書は田原総一朗、佐藤優、魚住昭、斎藤貴男など27人の論客との緊急対論集だ。




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