民放連の機関紙「民間放送」に連載している「メディア時評」。
今回は、あらためて夏ドラマを振り返ってみました。
7~9月期の連ドラを振り返る
主役を輝かせた巧みな脚本
「HERO」「昼顔」「聖女」
●「HERO」
夏クールで注目したドラマを振り返ってみたい。1本目は「HERO」(フジテレビ)である。全話の平均視聴率は21.3%。最近のドラマとしては好記録を残した。
まず主演の木村拓哉について。どんな主人公を演じても変わらない。役柄よりキムタクであること。それが“キムタク・ドラマ”と揶揄される所以だ。
確かに「安堂ロイド」の未来型ロボットも、「月の恋人」のインテリアメーカー社長も、「PRICERESS」の貧乏男も、みんなキムタクにしか見えなかった。
だが、それ自体が悪いわけではない。役柄がキムタクに合ってはいないのに、“キムタク・ドラマ”の一点だけで押し通そうとしたことに無理があった。
しかし、「HERO」は違う。キムタク自身が「かくありたい」と思うキムタクと、久利生公平との間の誤差が少ないのだ。だから見る側も安心して「久利生≒キムタク」を楽しむことができた。
それを可能にしていたのは、主役を立てながらも群像劇としての面白さをしっかり組み込んだ福田靖の脚本だ。シリアスとコミカルのバランスも絶妙だった。また、そんな脚本を体現した役者たちにも拍手だ。
トータルで言えば、「HERO」は単なる“キムタク・ドラマ”ではなく、“優れたキムタク・ドラマ”だったのである。
●「昼顔」
2本目は同じフジテレビの「昼顔~平日午後3時の恋人たち~」だ。「男性からキレイだと思われる女と、そうじゃない女の人生って、ぜんぜん違うと思います」だなんて、いいのか、そんな本当のコトを言ってと驚いた。ヒロインの一人、吉瀬美智子のセリフだ。
始まる前、「上戸彩が浮気妻?白戸家のお嬢さんにしか見えないけど」と思っていたら、“オトナの女性”担当の吉瀬がいた。
女性雑誌編集長を夫にもつ美人妻、良き母親、瀟洒な一戸建てに住むセレブ主婦でありながら、一方ではバリバリの「平日昼顔妻」。この吉瀬が、偶然知り合った普通のパート主婦・上戸を禁断の世界へと誘い込んだ。
吉瀬の相手は才能があってアクの強い画家(北村一輝)。上戸のそれは生真面目な生物教師(斉藤工)。この対比も実に巧みだった。
だが、いずれもすんなりと不倫に走るわけではない。特に上戸は自分の気持ちを疑ったり、押さえたりしながらの一進一退が続いた。
いや、そのプロセスそのものがドラマの見所だったのだ。不倫は成就してしまえば、後は継続か別離のどちらかしかない。
また前述のようなドキリとさせるセリフをはじめ、妻や夫がもつ“別の顔”の描写など、井上由美子の脚本が冴えていた。このドラマを夫婦そろって見るのは、互いのハラを探り合う事態を招くから止めたほうがいいとさえ思った。
その意味では視聴率と同様、最近話題の「録画再生率」も高かったのではないか。
●「聖女」
最後がNHKドラマ10「聖女」だ。高校生だった晴樹(永山絢斗)は、家庭教師の女子大生(広末涼子)に恋をする。勉強にも力が入り、東大に合格。だが、なぜか広末は姿を消していた。
10年後、弁護士となった永山は連続殺人事件の容疑者と化した広末と再会する。果たして彼女は、つき合った男たちを次々と殺した犯人なのかという物語だった。
一種のラブ・サスペンスであり、大森美香のオリジナル脚本がいいテンポで見る側を引っ張っていく。いや、それ以上に広末の妖しさと怪しさから目が離せないのだ。
広末が主役を務めると聞いた時、上戸彩の不倫妻とは違った意味で、一瞬「大丈夫か?」と思った。
昨年の主演ドラマ「スターマン・この星の恋」(フジテレビ)も、主演映画「桜、ふたたびの加奈子」も、はっきり言って不発だったからだ。それに最近もワイドショーを賑わせるなど、やや落ち着かないイメージがあった。
しかし、そんな広末の“崖っぷちパワー”が今回は活かされていた。ベッドシーンも堂々たるものだったし、普段からやや嘘くさい広末の微笑も、このドラマでは有効だった。悪女か聖女か、そもそもそれは逆の存在なのか。
「信用できますか?私のこと」というドラマの中のセリフも、まるで広末が視聴者に向かって自分のことを問いかけているように聞こえた。信用できるかどうかはともかく、18年前、ポケベルのCMで話題をさらった少女も、さすがにオトナの女性を演じられる年齢になったということだろう。
女優・広末涼子にとって、確実に起死回生となる1本だった。
(民間放送 2014.10.13)