「週刊新潮」での書評。
今回、ノンフィクション部門の本として選んだのは、山文彦『宿命の子~笹川一族の神話』です。
山文彦
『宿命の子~笹川一族の神話』
小学館 2700円
ある年齢以上の人なら、往年の笹川良一の姿や声を思い浮かべることができるはずだ。テレビから「一日一善」を呼びかけ、「世界は一家、人類は皆兄弟」と説き、老いた母親を背負って石段を上っていた、奇妙なおじいさん。
その一方で、メディアが彼について報じる際の枕詞は、「A級戦犯容疑者」「競艇界のドン」「右翼の大立者」と強烈だった。
この評伝の主人公は笹川良一の三男で、公益財団法人・日本財団(旧日本船舶振興会)会長を務める笹川陽平である。現在76歳になる陽平だが、その人生の軌跡は良くも悪くも父の圧倒的な影響下にあった。陽平を描くことは、同時に笹川良一を描くことでもある。
本書は「日本の近現代史に大きな航跡を描いてきたひとりの傑物と、その人物によってこの世に生み落されたひとりの私生児が、どのように生きてきたか」を探る父子物語だ。
読み進めていくと、笹川良一に対するイメージが変わってくる。右翼の大物として政財界に食い込み、ギャンブルを利用して私腹を肥やし、慈善事業で名前を売った偽善家といった既成概念が、いかに現実と違っていたかが明らかになるからだ。
良一は権力の恐ろしさと欺瞞をよく知る男だった。戦後は民間の側にありつつ自身も大きな権力を持っていたが、常に弱者に寄り添った。
中でも、国や社会から虐げられてきたハンセン病者の人間的回復と、その病気の制圧に尽力したことは特筆に値するだろう。そこには良一の根底にある反権力性が色濃く見られる。
陽平は、結果として良一の後継者となった。しかもそれは事業だけでなく、笹川良一という一筋縄ではいかない人物を丸ごと背負うことでもある。なぜ陽平はそれを引き受け、全うすることが出来たのか。
宿命とは「この世に生まれる以前から定められた運命のこと」だと著者は言う。その重さに負けなかった男がひとり、ここにいる。
(週刊新潮 2015.02.19号)