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Channel: 碓井広義ブログ
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書評した本: 嵐山光三郎 『漂流怪人・きだみのる』

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「週刊新潮」の書評欄に書いたのは、以下の本です。

嵐山 光三郎 『漂流怪人・きだみのる』
小学館 1,728円

編集者として間近で見続けた
破天荒な不良老人の生涯
「きだみのる」は明治28年生まれの作家、翻訳家、社会学者である。本名の山田吉彦としてはファーブル『昆虫記』の翻訳で知られるが、きだといえば、やはり『気違い部落周游紀行』だろう。

戦時中、現在の八王子市西部にあった村落に疎開した際の、住人たちとの交流体験や見聞きしたエピソードなどをもとに書き上げた。日本人とその生活の原型が描かれ、考察されている。刊行は昭和23年で、ベストセラーとなった。

著者が雑誌『太陽』の編集者として、きだと関わり始めたのは28歳の時だ。連載のための取材旅行に同行するなど、生身のきだを知ることになる。

本書にはその頃きだが暮らしていた部屋の写真が掲載されている。床なのか畳なのかの判別もつかないほど、視界いっぱいに散乱した雑誌、本、原稿、そしてゴミ。その真ん中で、きだが腹這いになって原稿を書いている。きだは旅館でも、他人の家でも、自分がいる場所をすぐゴミ屋敷にしてしまうのだ。

きだの性癖はそれだけではない。世間の常識には従わず、本能で生きている。金銭にうるさい。さらに「フランス趣味と知識人への嫌悪。反国家、反警察、反左翼、反文壇で女好き。果てることのない食い意地。人間のさまざまな欲望がからみあった冒険者」である。

これは面倒な人だ。著者は強烈な魅力を感じながらも、冷静に観察していく。

定住を好まず、全国を歩き回ったきだだが、著者が出会った時、一人ではなかった。謎の少女・ミミくんがいた。小学生のはずだが、学校には行っていない。頭がよく、しっかりしているが、通常のしつけはできていない。ユニークな言動の女の子と、きだとの関係は、後に三好京三の直木賞受賞作『子育てごっこ』とからめて明かされることになる。

これまで不良中年、不良定年などにスポットを当ててきた著者。本書は破天荒な不良老人、いや漂流怪人の実相に迫る一代記である。

(週刊新潮 2016年4月7日号)

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