「週刊新潮」の書評欄に書いたのは、以下の本です。
榎本博明 『中高年がキレる理由(わけ)』
平凡社新書 821円
往来で自分にぶつかってくる“歩きスマホ”の男。その手の中にあるスマホを叩き落としたくなること、ありませんか? 私はあります。しないけど。
最近、キレる中高年の姿を目撃するのは珍しいことではない。人身事故で電車が不通となったホームで駅員を罵倒する40代。金融機関の窓口や病院の待合室で、待たされたと大騒ぎする50代。現代ほど中高年がキレやすい時代はない。
心理学者である著者は、中高年が衝動的な行動に走りがちな理由として、「人生の折り返し点」を迎えたことを挙げる。仕事や家庭をめぐる「これでよかったのか」という不安。「何とかしなければ」という焦り。時間もお金も能力も、常に足りていないような憤り。さらに、他人からバカにされるのではないか、軽くみられるのではないかという「見下され不安」も、中高年心理の特徴だという。
溜め込んだストレス、負のエネルギーが突然噴出するのが中高年のキレ方だとして、どうすべきなのか。まずは本書を通じて敵の正体、つまり衝動と不安のもつ意味を知ることだろう。
その上で著者のアドバイスは、「役割に徹する」。自分という個人ではなく、役割として対処すること。また、「許せない!」とキレたりしないよう、「価値観の棚上げ」をする。相手が同じ土俵にいると思えば腹が立つ。ちょっと見方を変えてみるのだ。歩きスマホにキレないためにも。
小林玖仁男 『あの世へ逝く力』
幻冬舎 1188円
著者は懐石料理屋の主人。ある日、「間質性肺炎」と診断され、余命2年半の宣告を受ける。それ以来の心情や葛藤や本音をまとめたのが本書だ。命の終わりと向き合いながら、魂の模索を続ける日々。死の準備書としてだけでなく、生の指南書として参考になる。
佐藤正午 『小説家の四季』
岩波書店 2052円
昨年、『鳩の撃退法』で第6回山田風太郎賞を受賞した著者。デビュー当時と変わらず、今も故郷の佐世保で書き続けている。本書はこの10年の“生活と意見”を収めたエッセイ集だ。句読点をめぐる煩悶からサイン会という難事業まで、日常の中の冒険が語られる。
住吉史彦 『浅草はなぜ日本一の繁華街なのか』
晶文社 1728円
震災や戦災で破壊された浅草が、なぜ今も賑わっているのか。また老舗の暖簾が続いているのはなぜなのか。すき焼き「ちんや」六代目が、昭和の浅草を生き抜いた人たちの話に耳を傾ける。江戸前鮨、どぜう鍋、洋食から演芸ホールまで。もてなしの文化がここにある。
中島らも 『中島らも短篇小説コレクション 美しい手』
ちくま文庫 950円
なぜこの作品が未発表だったのか。そう訝しんでしまう名作「美しい手」などを初収録したオリジナル編集。妖しいユーモアも、怪しいホラーも、すべてが“らもワールド”だ。六代目笑福亭松鶴がモデルといわれ、マキノ雅彦監督が映画化した「寝ずの番」も読める。
(週刊新潮 2016.04.21号)