北海道新聞に連載している「碓井広義の放送時評」。
今回は、「定番ドラマ」について書きました。
定番ドラマ
飽きさせぬ進化と挑戦
定番ともいえるヒットシリーズが衰退する時、最大の要因は制作側の慢心にある。ストーリーはワンパターンとなり、出演者の緊張感が緩み、ドラマ作りは縮小再生産と化す。視聴者を飽きさせないためにも、シリーズ物にこそ進化と挑戦が必要なのだ。
今期、「ドクターX〜外科医・大門未知子」(テレビ朝日―HTB)における第一の進化は「登場人物」である。まず、アクが強く、アンチファンも多い泉ピン子を副院長役に抜擢した。“権力とビジネスの巨塔”となった大学病院で、院長(西田敏行)との脂ぎった対決が展開されている。また、米国からスーパードクターとして凱旋帰国した外科医、北野(滝藤賢一)の投入も功を奏した。
さらに肝心の「物語」も進化している。たとえば第7話では、当初、耳が聞こえない天才ピアニスト・七尾(武田真治)が患者かと思われた。しかし、七尾は中途半端な聴力の回復よりも、自分の脳内に響くピアノの音を大事にしたいと言って手術を断る。大門はその過程で七尾のアシスタント(知英)の脳腫瘍を見抜き、彼女の命を救っていくのだ。
この回の寺田敏雄をはじめとするベテラン脚本家たちが、毎回、「大門が手術に成功する」という大原則を守りながら、密度の高い物語を構築している。こうした努力がある限り、このシリーズの続行は可能だろう。
一方、単発ドラマでは、11月19日にNHK・BSプレミアムで放送された、横溝正史原作「獄門島」に見応えがあった。これまで何度も映像化され、何人もの俳優が探偵・金田一耕助に扮してきた。特に市川崑監督作品の石坂浩二、ドラマ版での古谷一行の印象が強い。だが今回、長谷川博己が演じた金田一に驚かされた。これまでとは全く異なる雰囲気だったからだ。石坂や古谷が見せた“飄々とした自由人”とは異なる、暗くて重たい、どこか鬱屈を抱えた青年がそこにいた。
背景には金田一の凄惨な戦争体験がある。南方の島での絶望的な戦い。膨大な死者。熱病と飢餓。引き揚げ船の中で金田一は戦友の最期をみとり、彼の故郷である獄門島を訪れたのだ。また事件そのものも、戦争がなかったら起きなかったであろう悲劇だった。
制作陣が目指したのは、戦争と敗戦を重低音とした“原作世界への回帰”であり、“新たな金田一像の創出”だ。長谷川博己は見事にその重責を果たした。次回作があるとすれば、ドラマの最後で暗示された「悪魔が来りて笛を吹く」だろうか。期待して待ちたい。
(北海道新聞「碓井広義の放送時評」 2016.12.05)