没後10年、克明な日記を含む、
鬼才研究の起点となる1冊
樋口尚文『実相寺昭雄 才気の伽藍』
実相寺昭雄監督が亡くなったのは2006年11月29日のことだ。69歳だった。昨年が没後10年。今年は生誕80年を迎える。
1960年代にTBS系で放送された、「ウルトラマン」「ウルトラセブン」「怪奇大作戦」などで知られる実相寺監督。その後も長編映画デビュー作「無常」をはじめ、「帝都物語」などの映画、音楽番組やオペラの演出でもその才能を発揮した。
私と監督との出会いは、テレビマンユニオンに参加した81年だ。以来、監督が亡くなるまでの25年間、旅番組「遠くへ行きたい」やドラマ「波の盆」(芸術祭大賞受賞)などの制作を通じて師事してきた。いつも現場で驚かされたのは、創ろうとする映像の明確なイメージであり、それを実現する巧みな技術だ。
これまでも実相寺監督に関する優れた論評が発表されてきた。しかし、その多くは特撮シリーズについてだったり、映画に特化していたりと、ある側面は押さえているものの、全体像を捉えているとは言えなかった。
本書の最大の功績は、ウルトラマンからクラシック音楽、小説や随筆までの広がりと奥行きを持つ監督の取り組みを、総合的・立体的に再構成し、その全貌に迫ろうとしていることだ。それを支えているのが、監督が遺した膨大な資料の数々である。中でも18歳に始まる克明な日記は、人間・実相寺の、まさに“実相”を探る貴重な手がかりとなっている。
その上で著者は、監督の特異性を「映画とテレビの技術のアマルガムであるテレビ映画独特の手法を一貫して作家性としたこと」に見出す。そして、この手法を具現化してきたのが撮影の中堀正夫、照明の牛場賢二、美術の池谷(いけや)仙克(のりよし)(昨年10月没、合掌)という「実相寺組」の名匠たちだ。
本書では中堀カメラマンの証言も挿入しながら、実相寺調と呼ばれる独特の映像美を分析している。今後の実相寺研究は、本書を起点とすることで展開されていくはずだ。
(週刊新潮 2017年1月26日号)