「週刊新潮」に、以下の書評を寄稿しました。
現場で目にした厳しい労働の実態
横田増生 『ユニクロ潜入一年』
文藝春秋 1620円
これまでに、横田増生が潜入取材の手法で書いたノンフィクションとしては、『潜入ルポ アマゾン・ドット・コム』(朝日文庫)や『仁義なき宅配 ヤマトVS佐川VS日本郵便VSアマゾン』(小学館)などがある。
そしてユニクロを扱った著書が『ユニクロ帝国の光と影』(文春文庫)だ。この本はユニクロ側が名誉毀損で訴えたため、最高裁まで争った(上告は棄却)。しかし横田は調査を続ける。その後、潜入取材を敢行した成果が『ユニクロ潜入一年』だ。
潜入前、すでにユニクロ側に名前が知られていたことから、横田は大胆な行動に出る。一旦妻と離婚した上で再婚し、名字を変えてアルバイトに応募したのだ。そうやって入り込んだ現場で目にしたのは、「働き方改革」などどこ吹く風という、厳しい労働の実態だった。
たとえば、ユニクロが導入した「地域正社員制度」。ブラック企業批判のやり玉にあがったのが店長のサービス残業であり、その集中的な業務負担を分散する策として出来たのがこの制度だ。ところが実際には、アルバイトから地域正社員への道は険しい。バイトやパートの人間は閑散期にはあまりシフトに入れられず、当日になってLINEで出勤を強く要請されるのだ。まるで日雇い労働者のようであり、しかも時給は安い。
ユニクロの労働供給源は主婦と大学生だ。ある女子学生がバイトを辞めたいと申し出た時、「いったんユニクロに入ったら、卒業するまで働くことになっている。途中で辞めるのは契約違反だ」と店長が圧力をかけてきたという。肝心の契約書には、元々契約終了の日付が記載されていなかったのにだ。
もっとも、本書が捉えたような労働実態は、じつは多かれ少なかれ、日本中のあちこちにある。そこに通底するのは、「働く人を大切にしない」というシンプルな事実。本書の内容を反面教師に、本物の「働き方改革」をあらためて考えたい。
鹿島 茂 『最強の女』
祥伝社 2052円
その時代の最高の男たちに愛されること。それが「最強の女」の条件だと著者は言う。天才ダリを魅了したガラ。マン・レイの恋人で愛人だったリー・ミラー。ニーチェとフロイトという二大巨人を虜にしたルー・ザロメ。5人の女神が秘めていた真の魅力とは?
石井光太 『世界で一番のクリスマス』
文藝春秋 1620円
ノンフィクションの俊英による、風俗業界に生きる男と女の物語5編。舞台は東京の上野界隈だ。高校の同級生と女性用デートクラブを介して再会する男。ずっと距離を置いてきたAV女優の姉の実像を知るシングルマザー。彼らを見つめる著者の目は切なくて優しい。
野地秩嘉
『成功者が実践する「小さなコンセプト」』
光文社新書 886円
山下達郎は「相手に合わせる能力」を身につけている。秋元康は「提案のデメリット」を伝える。鈴木敏文は「未来は過去の延長ではない」と言い続ける。成功者たちが長期間守っている、自分との約束。本書は読者が自身のコンセプトを見つけるためのヒント集だ。
小林聡美 『ていだん』
中央公論新社 1728円
個性派女優の鼎談集。何よりテーマとゲストの人選が魅力的だ。柳家小三治とエッセイストの酒井順子で「芸は身を助けるか?」。江戸家子猫と南伸坊で「なぜ、まねるのか?」。軽妙な会話にも関わらず、思わぬ深みに達していたりする。著者ならではの18番勝負だ。
山田真由美:文、なかむらるみ:絵
『おじさん酒場』
亜紀書房 1512円
おじさん酒場とは「そこにいるだけで店のおさまりがよくなる」おじさんたちが呑んでいる居酒屋のこと。著者の鋭い観察眼によって店の佇まいはもちろん、店主と客の雰囲気が伝わってくる。巻末に置かれた、居酒屋名人・太田和彦との鼎談も大吟醸の味わいだ。
(週刊新潮 2017年11月30日号)