週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。
石黒健治 『青春 1968』
彩流社 3456円
50年と聞けば遠い過去か、遥か未来を思ってしまう。しかし、そんな単純なものではないようだ。特に「文化」という地下水脈において過去と現在は濃密につながっている。1968年に撮影された俳優、歌手、作家、美術家など130人を超すポートレートを眺めていてそう思う。
この写真集に並ぶのは当時すでに「何者か」であった人たちである。いや、だからこそ石黒はレンズを向けたのだ。被写体を選択する眼は的確で鋭いと言える。私たちは彼らの「その後」を知っているからだ。
巻頭を飾る寺山修司(33歳・以下すべて当時)は、前年に演劇実験室「天井桟敷」を結成したばかり。女優・大山デブ子の背中に頬を寄せ、レンズを正面から見つめる口元には不敵な笑みが浮かんでいる。寺山の旗揚げ公演「青森県のせむし男」などで主演を務めたのは丸山(美輪)明宏(33歳)。本でも読んでいるのか、その横顔のアップは美青年と呼ぶしかない妖しさである。
翌年に「新宿の女」で歌手デビューすることになるのは藤圭子(17歳)だ。特徴のあるおかっぱ頭。パンツスーツの上着のポケットに両手を突っ込んだ少女の表情から、45年後に自死を決意する天才歌手の運命を読み取ることはできない。また2年後に市ヶ谷へと向かう三島由紀夫(43歳)も、セーターにジーンズというラフな服装で何かを見つめている。
この年、フランスではパリを中心に「五月革命」が始まり、チェコスロバキアでは「プラハの春」と呼ばれる民主化運動が起こった。日本でも原子力空母エンタープライズの佐世保入港を阻止する闘争や成田空港建設反対運動などが展開された。
こうした活動の中核を担ったのが学生たちであり、本書には全学連委員長・秋山勝行(26歳)の肖像が収められている。さらに67年の羽田闘争を取材中のジャーナリスト、岡村昭彦(39歳)の姿も見ることができる。まさに同時代ドキュメントだ。
(週刊新潮 2018年6月14日号)