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大ヒットドラマ『半沢直樹』とは何だったのか?

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新作が放送延期 大ヒットドラマ『半沢直樹』とは 何だったのか?

 

痛快だった「現代の時代劇」

 

4月クールのドラマに異変が生じている。始まるはずの作品の多くが、なかなか開始されないのだ。軒並み、放送延期や撮影の中断が伝えられている。原因はもちろん、新型コロナウイルスである。

今期ドラマの注目作のひとつ、日曜劇場『半沢直樹』(TBS系)も、初回の放送が延期されたままだ。大ヒットドラマの続編であり、多くの視聴者が開始を待っていることだろう。

とはいえ、前回から何と7年の歳月が流れているのも事実。始まるのを待つだけでなく、その間に、おさらいというか、復習というか、記憶を呼び戻しておきたい。それによって、待望の放送開始となった際、一気にドラマの世界へと入っていけるはずだからだ。

では、そもそもあのドラマ、堺雅人主演『半沢直樹』とは、一体何だったのか。

それは2013年夏のことだった

もう大半の人は覚えていないと思うが、『半沢直樹』が放送された2013年の夏は暑かった。そう、毎日ひたすら暑かったのだ。

夜になっても気温は下がらず、外で遊ぶ気にもならない。できれば早く仕事を終えて家に帰りたい。クーラーの効いた部屋に避難したい。そんなふうに思いながら暮らした人が多かった夏だ。

7月に各局の夏ドラマが始まった時、「初回視聴率」の高さに驚いた。テレビ朝日『DOCTORS 2』19.6%。フジテレビ『ショムニ2013』18.3%。そしてTBS『半沢直樹』が19.4%と、スタートから横並びで、高い数字をたたき出したのだ。

一瞬、「高視聴率の原因は連日の猛暑か!」と半分本気で思ったものだ。その後、『半沢直樹』は、単独でモンスター級のドラマへと成長していく。

初回の放送直後、『半沢直樹』を次のように分析した。そのポイントは2つだった。

まず主人公が、大量採用の「バブル世代」であること。企業内では、「楽をして禄(ろく)を食(は)む」などと、負のイメージで語られることの多い彼らにスポットを当てたストーリーが新鮮だった。

このドラマの原作は、池井戸潤の小説『オレたちバブル入行組』と『オレたち花のバブル組』の2作だが、どちらも優れた企業小説の例にもれず、内部にいる人間の生態を巧みに描いている。

第2のポイントは、主演の堺雅人である。前年、フジテレビ『リーガルハイ』とTBS『大奥』の演技で、ギャラクシー賞テレビ部門個人賞を受賞していた。シリアスとユーモアの絶妙なバランス、特に目ヂカラが群を抜いていた。当時、まさに旬の役者だったのだ。

「現代の時代劇」としての『半沢直樹』

8月に入っても、『半沢直樹』は順調に数字を伸ばしていく。銀行、そして金融業界が舞台の話となれば、背景が複雑なものになりがちだが、『半沢直樹』は物語の中に解説的要素を組み込み、実にわかりやすくできていた。

銀行内部のドロドロとした権力闘争やパワハラなどの人間ドラマをリアルに描きつつ、自然な形で銀行の業務や金融業界全体が見えるようにしていた。「平易」でありながら、「奥行」があったのだ。

また、銀行員の妻は夫の地位や身分で自らの序列が決まる。半沢の妻・花(上戸彩)を軸にして、社宅住まいの妻たちの苦労を見せることで女性視聴者も呼び込んだ。8月11日放送の第5回、視聴率は前週の27.6%を超えて29.0%に達する。この頃、すでに『半沢直樹』は堂々のブームとなっていた。

ところが、なんと次の日曜日、18日は『半沢直樹』を放送しないというではないか。その理由が『世界陸上』だ。独占生中継とはいえ、このタイミングで『半沢直樹』を1回休むのはもったいないという声も多かった。しかし、結果的には視聴者の飢餓感を刺激し、また話題のドラマを見てみようという、新たな層も呼び込むことになったのだ。

前半(大阪編)がクライマックスを迎える頃、このドラマが「現代の時代劇」であることに気づいた。

窮地に陥る主人公。損得抜きに彼の助太刀(すけだち)をする仲間たち。そして際立つ存在としての敵(かたき)役。勧善懲悪がはっきりしていて分かりやすい、まるで時代劇の構造だ。

威勢のいい「たんか」は、『水戸黄門』の印籠代わりである。主人公は我慢に我慢を重ね、最後には「倍返しだ!」とミエを切って勝負をひっくり返す。視聴者は痛快に感じ、溜飲が下がるというわけだ。

武器は「知恵」と「友情」

主人公の半沢は、「コネ」も「権力」も持たない代わりに、「知恵」と「友情」を武器にして内外の敵と戦う男だ。

しかもその戦いは、決して正義一辺倒ではない。政治的な動きもすれば裏技も使う。また巨額の債権を回収するためなら、手段を選ばない狡猾(こうかつ)さもある。そんな「清濁併せのむヒーロー像」が見る人の共感を呼んだのだ。

9月、東京編に移っても、その勢いは止まらない。半沢の父を死に追いやった、銀行常務役の香川照之はもちろん、金融庁検査官を演じた片岡愛之助など、クセのある脇役陣も自分たちの見せ場を作っていく。役柄が化けていくのだ。

そして最後に用意されていたのが、「運命の対決」だった。半沢を正面からとらえたアップを多用する演出も、ぞくぞくするような臨場感を生んでいた。最終回の視聴率は今世紀最高の42.2%を記録した。録画したものを見た人を加えると、その数は膨大なものになる。

密度とテンポの物語展開

こうして振り返ってみて、このドラマが、『オレたちバブル入行組』と『オレたち花のバブル組』という2つの小説を原作としていたことに、再度注目したい。

制作陣が「やろう!」と思えば、大阪編だけでもワンクールの放送は可能だったのだ。しかしそれだと、結果的に『半沢直樹』が実現した、あの密度とテンポの物語展開は無理だったろう。

それは、同じ2013年上期に放送された、NHKの朝ドラ『あまちゃん』が、北三陸編と東京編の二部構成で成功したことにも通じる。

1話分に詰め込まれている話の密度が極めて高く、またスピーディなのだ。それなのに、わかりづらくないし、見る側も置いてきぼりをくわない。

それを支えていたのは、八津弘幸のダイナミックな脚本と福澤克維をはじめとする演出陣の力技だ。

特にチーフ・ディレクターの福澤は、『半沢直樹』の前に、同じ日曜劇場の『南極大陸』や『華麗なる一族』なども手がけていた。こうした「男のドラマ」を作らせたら、ピカイチの演出家だ。

ワンカットの映像でも、一目見れば「福澤作品」とわかるほど個性が強い画(え)を撮る。往年の和田勉(NHK)を彷彿させる、極端なほどの人物のアップ。かと思うと、一転してカメラをドーンと引き、大群衆を入れ込んだロングショット。そのメリハリの利いた映像とテンポが心地いい。

忘れられないのは、『半沢直樹』の第1話の冒頭のシーン。まず、半沢の顔のアップ。そこからズームアウト(画角が広がり背景も見えてくる)していく長いワンカットが使われた。あのワンカットを敢行する思いきりのよさ、大胆さは見事だ。

その一方で、福澤の演出は細部にまでしっかりと及んでいる。登場人物たちのかすかな目の動きや表情。台詞のニュアンス。さらに大量のエキストラが登場するシーンでも、一人一人に気を配り、画面の隅にいる人物からも緊張感のある演技を引き出す。

大胆であること、そして繊細であること。オーバーな言い方をすれば、福澤には、「天使のように大胆に、悪魔のように細心に」の黒澤明監督と重なるものがある。

骨太なストーリーの原作小説。そのエッセンスを生かす形で、起伏に富んだ物語を再構築した脚本。大胆さと繊細さを併せ持つ、達意の演出。それに応えるキャストたちの熱演。それらの総合力が、このドラマを、見る側の気持ちを揺さぶる、また長く記憶に残る1本に押し上げたのである。

そして、2020年版『半沢直樹』は・・・

 今度の『半沢直樹』の原作は、前作と同じ池井戸潤の小説『ロスジェネの逆襲』と『銀翼のイカロス』の2作だ。おそらく前編、後編という二部構成になるのではないか。

原作の『ロスジェネの逆襲』をもとに、ドラマ前編を少しだけ想像してみたい。

この小説の舞台は、半沢が飛ばされた先の系列証券会社だ。IT企業の買収をめぐって、親会社の銀行と対立する半沢は、ロスジェネ世代との共闘を選ぶ。

「ITベンチャーの星」と呼ばれる電脳雑技集団が、ライバルである東京スパイラルの買収を企む。相談を持ちかけたのは銀行ではなく、半沢のいる証券会社だ。

ところが途中で親会社の一派が、この案件を横取りしようと仕掛けてくる。買収のアドバイザーは巨大な利益をもたらし、同時に半沢を潰すこともできるからだ。

半沢の部下、森山雅弘は典型的なロスジェネ世代。まさに「楽をして禄を食む」連中だと、バブル世代を目の敵(かたき)にしてきた。だが、半沢は森山の能力を評価し、一緒に反撃に出ようとする。「やられたら、倍返しだ」である。

物語の中で明かされる、企業買収の仕組み。特に銀行や証券会社の動きが興味深い。また優れた企業小説の例にもれず、本書も企業の中にいる人間の生態が巧みに描かれている。「組織対組織」、そして「組織対個人」の暗闘がスリリングだ。

何より、「正しいことを正しいと言えること」「世の中の常識と組織の常識を一致させること」を、愚直に目指す男の姿が清々しい。それはドラマ『半沢直樹』も同様だ。

2020年版『半沢直樹』は、TBSにとってだけでなく、今年のドラマ界全体の目玉となる作品である。

ただし今回は、新型コロナウイルスの影響で、放送の開始時期によっては、夏クールの冒頭まで食い込むことになるかもしれない。もしかしたら、放送回数を減らすという判断があってもおかしくない。いや、場合によっては、全体を夏クールに異動させることさえ考えられる。

いずれにしても、とにかく半沢には会いたい。「チーム半沢」と呼ばれる制作陣、そして堺雅人をはじめとする俳優陣が、どんな人間ドラマを見せてくれるのか。今は辛抱して、半沢との再会を待つのみだ。


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