時代を危惧し嘆いた著者最後の「声」
坪内祐三『最後の人声天語』
文春新書 1045円
坪内祐三が『文藝春秋』に連載していたコラム「人声天語」。それは朝日新聞「天声人語」のパロディではない。
「天声」はパブリックなイメージだが、「人声」は個人的な声だ。坪内は2003年6月号の初回で、「反射神経による発言」だと明かしている。
その坪内が20年1月13日に61歳で急逝し、シリーズ最新刊のタイトルは『最後の人声天語』となった。15年からの5年間、坪内はどんな反射を見せたのか。
スマートフォンの普及でパソコンを操作出来ない若者が登場した15年。映画館の場所も体で憶えた少年時代を回想し、「身体性が現代人からどんどん失なわれて行く」と危惧する。
18年には、40年も通った神保町の「岩波ブックセンター」が、本を飾り物にしたブックカフェに変わったことを嘆いた。しかも新聞や雑誌がこの店を好意的に紹介するに及んで、「もし本気だとしたら私は絶望的な気持ちになる」と。
平成の終わりとなった19年春。この年に亡くなった橋本治、岡留安則らの名前を挙げ、団塊の世代にとっての「七十の壁」を指摘。自分たちシラケ世代には「六十の壁」があり、「五月八日に六十一歳になる私は恐怖だ」と続ける。
20年に入ると、デジタル化の進行によって「言葉の文脈が消えて行く」と看破した上で、「この先日本は大丈夫だろうか」と心配していた。
そして今、コロナ禍や東京五輪や現政権について、坪内の「人声」が聞いてみたくて堪らない。
(週刊新潮 2021年3月4日号)