書評サイト「シミルボン」に、以下のコラムを寄稿しました。
https://shimirubon.jp/columns/1676447
聴いても、読んでも、JAZZは楽しい
基本的にモダンジャズが好きなので、ジャズの新譜をあまり買わない。
ブルーノートクラブ:編『ブルーノート100名盤』(平凡社新書)は、どこを開いても楽しい。
今年、創立77年を迎えた最強のジャズレーベル、ブルーノート。数多ある名盤の中から「私のベスト3」を選ぶ、という世界的なアンケートが行われ、この本は、その結果発表みたいな一冊だ。
で、一体何が選ばれたのか。
第1位 「ブルートレイン」 ジョン・コルトレーン
第2位 「サムシング・エルス」 キャノンボール・アダレイ
第3位 「クール・ストラッティン」 ソニー・クラーク
第4位 「モーニン」 アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ
第5位 「処女航海」 ハービー・ハンコック
第6位 「ヴィレッジ・ヴァンガードの夜」 ソニー・ロリンズ
第7位 「アウト・トウ・ランチ」 エリック・ドルフィー
第8位 「キャンディ」 リー・モーガン
第9位 「ソウル・ステーション」 ハンク・モブレー
第10位 「バードランドの夜 Vol.1」 アート・ブレイキー
以上がベスト10だ。
全部は持っていないけど、1位から6位、そして10位は手元にある。確かに、どれが1位でも2位でもおかしくないくらい、どれもいい。
一番聴くのは「サムシング・エルス」だ。
メンバーにマイルス・デイビスがいる。ハンク・ジョーンズがいる。アート・ブレイキーもいる。悪いわけがない。絶品の「枯葉」も、1958年の録音だから約60年も前になる。でも、古さなどとは無縁だ。
12位に入っている、バド・パウエル「ザ・シーン・チェンジズ」もよく聴く。この中の「クレオパトラの夢」が好きだ。
以前、「RYU’S BAR」という、作家の村上龍さんがホスト役の対談番組があった。そのタイトルテーマ曲が「クレオパトラの夢」だったのを思い出す。
現在、村上さんがやっている「カンブリア宮殿」も悪くないけど、経済がテーマだからね。ゲストが限定されるわけで。
その点、よかったなあ、「RYU’S BAR」。異種格闘技ともいうべき対談ぶりが刺激的だった。今やってたら、見るんだけどなあ。
まあ、これもまた、ひとつの”クレオパトラの夢”かもしれない。
『ブルーノート100名盤』もそうだが、見つけると、どうしても、手が伸びてしまうのが<ジャズ本>だ。
たとえば、小川隆夫『ジャズ楽屋噺~愛しきジャズマンたち』(東京キララ社)。
まず、小川さんの経歴自体が面白い。東京医科大を出ていて、ニューヨークに行って、向こうのジャズマンたちと交流して、評論を書き、インタビューをして、プロデュースもしてしまう。
この本もそうだが、何より、本物・実物と接してきたことが羨ましいし、書かれたものにも説得力がある。というか、とにかくジャズが好きなんだなあ、ということが伝わってくるのだ。
小川さんの本は結構本棚にある。
かなり厚手の『証言で綴る日本のジャズ』(駒草出版)。この本からは、原信夫、秋吉敏子、渡辺貞夫、山下洋輔といった、日本のジャズ界をリードしてきたミュージシャンの肉声が聴こえてくる。
また、彼らと併走してきた油井正一、相倉久人、湯川れい子など評論家の証言も収録されている。戦後日本のジャズが、生きた歴史として立ち現われてくる貴重な1冊だ。
そして、『感涙のJAZZライブ名盤113』(河出書房新社)。
「ジャズはライブに限る」を持論とする小川さんだからこそ、ライブ盤の価値を知っている。
この本には、1940年代から最近までの「個人的に好きなアルバム」が並べられている。カフェ・ボヘミア、ヴィレッジ・ヴァンガードなど伝説のライブ空間からの招待状だ。
それから、ときどきパラパラとページをめくるのが、後藤雅洋『ジャズ喫茶 四谷「いーぐる」の100枚』(集英社新書)である。
マイルス、コルトレーン、ビル・エヴァンスなど、自分の好きなアーティストのアルバムについて、「ふーん、こういう聴き方するんだ」「こんな意味があったのかあ」などと再発見できて嬉しくなる。聴いても、読んでも、JAZZは楽しい。
四谷にある大学に赴任することになり、いつ、そのドアを開ける時が来るだろうと、ずっと楽しみにしていたのが、後藤さんが店主のジャズ喫茶「いーぐる」だった。
初めて行った日のことは忘れられない。最初の新学期が始まって間もなくだから、ああ、あれは春だったんだね(by 吉田拓郎)。
まず、店の前で、「ああ、この看板、この文字だ」と、ひとしきり感慨にふけった。
階段を下りていく。地下ってのがいいよね。ジャズ喫茶は、なんてったって地下に限ります。
ドアを開け、店内に入る。おお、ジャズが流れている(当たり前だ)。これが噂の「いーぐる」の音。「いーぐる」のJBLの音か。
厨房というか、レジの奥というか、とにかくカウンターの向こうに、立ち働くおじさんの姿が見える。あれが後藤さんか。伝説のジャズ評論家にして、「いーぐる」店主の後藤雅洋なのか。
ちょっと無愛想で、かなり怖そうだ。あまり見ないようにしよう。
お客さんが点在している。奥へと進む。ほとんどスピーカーの前の席だ。木のテーブル。木の椅子。グリーン系の座席。
学生バイト風の青年に、コーヒーをお願いする。ああ、ピアノが気持ちいいなあ。誰だろう、まあ、誰でもいいや。「いーぐる」のJBLの前で聴いているんだから。
コーヒーがくる。やや苦めだ。結構です。ジャズ喫茶のコーヒーは苦くなくちゃ(笑)。
曲がサックスに変わったぞ。誰だろう、まあ、誰でもいいのだ、今日は。あの「いーぐる」に来たのだから。
大学から歩いてすぐのところに「いーぐる」があるなんて、福音以外の何ものでもない。クリスチャンじゃないけど、感謝だ。いや、ジャズの神様に感謝だ。
・・・というわけで、あの日から「いーぐる」に通うようになって、もう7年が過ぎた。
やっぱり、ジャズは聴くのも、読むのも楽しい。