「保育園落ちた」ネット投稿話題
「日本死ね」叫びどこへ
名ばかり「一億総活躍」
投稿の30代女性「共感する人 いかに多いか」
「保育園落ちた日本死ね!!!」。そんな刺激的なタイトルのネット投稿が話題だ。子どもの保育園の入園審査に落ちた匿名のブロガーが「一億総活躍社会じゃねーのかよ」と憤る。待機児童問題の深刻さを物語るエピソードはネット上で拡散され、国会でも取り上げられた。「総活躍」とは程遠い子育て環境、振り返れば安全保障法制の強行、最近は閣僚の不祥事…。国民の怒りは沸点に達しているかに見えるが、なぜか安倍内閣の支持率は下がらない。「日本死ね」の叫びはどこへ。 (白名正和、三沢典丈)
話題の投稿が、人気サイト「はてな匿名ダイアリー」に登場したのは二月十五日。十九行、約五百字の短い文章だ。
「昨日見事に保育園落ちたわ」と告白した後、安倍晋三首相の看板政策「一億総活躍社会」を「どうすんだよ私活躍出来ねーじゃねーか。子供を産んで子育てして社会に出て働いて税金納めてやるって言ってるのに日本は何が不満なんだ?」とメッタ斬り。返す刀で「オリンピックで何百億円無駄に使ってんだよ。エンブレムとかどうでもいいから保育園作れよ」と税金の使い道に文句をつける。
投稿したブロガーが一日、「こちら特報部」の取材に応じた。東京二十三区内に住む三十代前半の女性である。正社員の事務職をしており、同じ二十代前半の夫と共働き。もうすぐ一歳になる子どもがいる。現在は一年間の育休中だ。
現在の心境を尋ねると、「子どもを預けられる両親が近場にいない。無認可の施設も含めて問い合わせしているがいっぱいで、手詰まり状態。このままだと会社を辞めざるを得ない」と切実だ。
投稿にはどぎつい表現が並ぶが、「保育園に預けられず、仕事を辞め、これから生活していくことを考えると、不安ややり場のない怒りがこみ上げて来た。勢いで感情のままに文章を書いた」と女性。最後に「何年後に解決するとか言われても、現実では今日明日の生活がかかってくる問題で、少しでも早く待機児童問題をなんとかしてほしい」と訴えた。
なるほど、待機児童問題は解決していない。保育園探しに失敗すれば、親は仕事をあきらめるか、相対的に料金が高い無認可施設や幼稚園に子どもをやるしかない。厚生労働省によると、待機児童はニO一五年四月時点で二万三千百六十七人。一O年から少しずつ減っていたが、一五年に再び増加へと転じた。東京都では一五年四月時点で、七千六百七十人が希望する施設に入れなかった。
こうした状況を背景に、投稿はネット上で一気に拡散。「私も落ちた」「怒って当然だ」などのコメントが寄せられた。テレビの情報番組なども「ママの叫びに共感続々」(テレビ朝日系の「モーニングショー」)などと食いついた。
首相「知らない」
そして二月二十九日の衆院予算委員会。民主党の山尾志桜里-しおり-氏が俎上-そじょう-に載せた。見解を問われた安倍首相は「承知していないが、匿名である以上、実際のことは本当かどうかも含めて確かめようがない」とけむに巻いた。
投稿した女性は、安倍首相に反論する。「待機児童が二万人超えという状態なのは確かで、そのことに対して具体的にどうしていくかを議論してほしい。匿名の記事がここまで拡散されたのは、同じような思いをされている方がたくさんいたからだと思う」
メディア操作で不満封じ?
介護、安保、原発でも渦巻く反発・・・・
今回は待機児童問題が脚光を浴びたが、ネットには、政治に対する怨嗟-えんさ-の声があふれている。「一億総活躍」で言えば、例えば「介護離職ゼロ」政策だ。
介護を理由に離職する人は年間十万人とされるが、安倍首相は昨年九月、二O年までにゼロを目指すと表明した。だが、ネットには、現場を知る人から「職員の待遇改善が先」「ただでさえ入手不足。(入所者への)虐待問題を増やすだけ」と批判が殺到した。
安全保障や原発問題ではご存じの通り、ネットにとどまらず、多くの人が既に路上で「安倍政権ノー」を叫んでいる。昨年の安全保障法案の審議をめぐっては、「SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動、シールズ)」や学者グループが国会前などで大規模な抗議行動を展開。原発問題の世論調査では、再稼働反対が賛成を上回っている。政権がごり押しする沖縄県名護市辺野古沖の米軍新基地建設問題でも、沖縄の民意は反対だ。
「黄色信号」がともっている経済政策アベノミクスも例外ではない。
若者の就職難や格差拡大に業を煮やした大学生らは昨年十月、最低賃金引き上げなどを求める「AEQUITAS(エキタス)」を結成し、数百人規模のデモを繰り返す。中心メンバーの栗原耕平さん(ニ0)は「生活者目線からは労働、雇用環境ともボロボロ。ブログの母親には共感できる」とカを込める。「現政権の打倒を目指す他の運動との連携も可能だ。まず政権交代しないと始まらない」
年金生活者も立ち上がっている。一三年からの公的年金の減額は生存権を保障した憲法に違反するとして昨年五月、東京などの年金受給者約千五百人が国に減額決定の取り消しを求める訴訟を起こした。原告の一人で、全日本年金者組合東京都本部副委員長の杉山文一氏は「若い世代や高齢者だけでなく、現役世代だって非正規雇用の拡大などに反発している。安倍政権には退陣してもらう以外の選択肢はない」と言い切る。
とはいえ、内閣支持率は高水準を維持する。甘利明前経済再生担当相の金銭授受問題など不祥事が続出しているにもかかわらず、報道各社の世論調査では、おおむね40~50%だ。
「安倍政権ノー」を叫ぶだけではだめなのか。
碓井広義・上智大教授(メディア論)はメディアのあり方を問題視する。「安倍首相は母親のブログに対し、つれない対応をしたが、メディアもこれに準ずるところがあるのではないか。背後に膨大な数の同様の声があることを知りながら、その意見を取り上げると安倍政権に対する批判になるからと、あえて見て見ぬふりをしているように思えてならない」
五野井郁夫・高千穂大准教授(政治学)は「今の日本は、金持ちだけ政治家に口利きしてもらい、利益を得ることができるような社会。公正な政治を取り戻すためには、お金のない大多数の人々は、不満に対して声を上げ続けなければならない。そうしないと表現の自由すら権力側は奪いにくる。メディアコントロールの次は、国民の声が封じられる」と警鐘を鳴らす。
待機児童問題に話を戻せば、自治体に働きかける手もある。鈴木亘・学習院大教授(社会保障論)は「保育園のほぼ半分は公立で、もう半分は地元の名家などによる社会福祉法人が運営しており、既得権益化している。増設して競争が激化するのは困るため、株式会社などの新規参入を、保育園に関する権限を握る自治体が阻んでいるのが、待出児童問題の本質だ」と指摘した上で、こう提案する。
「投稿が話題になったお母さんもネットなどで同じ境遇にある人と手を結び、自治体に増設を訴えてはどうか。保育園の利権を持つ関係者より、お母さんたちの方が怖いと思い知らせなければならない。そんな地道な取り組みが国を動かすことにもつながる」
<デスクメモ>
二月二十九日の衆院予算委で江田憲司氏(維新)が「民主党よりマシという趣旨の反論はやめてほしい」と詰め寄った。例に挙げたのは「天にブーメランを投げているようなもの」(一月の衆院本会議、岡田克也代表に対する答弁)。安倍首相は「マシだなんでいう横柄な気持ちは言っていない」と開き直った。(圭)
(東京新聞・こちら特報部 2016年3月2日)