「週刊新潮」の書評欄に書いたのは、以下の本です。
70年代、伝説の深夜ラジオ 時代の空気が甦る
柳澤 健
『1974年のサマークリスマス~林美雄とパックインミュージックの時代』
集英社 1728円
1974年、大学2年生だった。下宿の部屋にテレビはないが、ラジオはあった。深夜放送が好きで、特に野沢那智と白石冬美の「パックインミュージック」(TBS)は欠かしたことがない。放送は金曜の午前1時から3時まで。その後が林美雄の担当する第2部だった。
70年に始まった「林パック」は奇妙な番組だった。そもそも林美雄というパーソナリティが正体不明だったのだ。アナウンサーであることは知っていたが、テレビで顔を見たことはない。ラジオでも林パック以外で声を聞いたことがなかった。
内容はもっと不思議だ。音楽は扱うのだが、洋楽はあまりかからない。邦楽も歌謡曲の存在を忘れているようだったし、当時流行していた吉田拓郎やチューリップの曲に遭遇することもなかった。
その代わり、荒井由実という無名の女の子の曲がやたらと流れた。独特の声と歌詞。拓郎ともかぐや姫とも異なるその世界観が新鮮だった。「ひこうき雲」も「ベルベット・イースター」も、初めて聴いたのは林パックだ。石川セリの「八月の濡れた砂」や安田南の歌もこの番組で知った。
映画の話もよくしていた。やはり洋画にはほとんど触れない。邦画も黒澤明や小津安二郎ではなく、藤田敏八(としや)や神代(くましろ)辰巳や曽根中生の作品を語った。ゲストでは原田芳雄が常連だ。こうした偏愛こそが林の真骨頂であり、私たちリスナーの支持もそこにあった。
そして74年。突然、林パックは終了してしまう。実は翌年、水曜夜に復活するのだが、林にも内容にも“別モノ”感があり、私自身はその時点で距離を置いた。
今回、この本を読むことで、分かったことがたくさんある。林美雄とは何者だったのか。なぜ、あんな放送が可能だったのか。また、どうして消滅したのか。同時に、放送史とサブカルチャー史における林美雄の位置と意味も見えてきた。1974年、あなたはどこにいましたか?
桂 望実 『総選挙ホテル』
角川書店 1662円
『県庁の星』で知られる著者の新作は、業績不振にあえぐ中堅ホテルが舞台だ。新社長として現れた社会心理学の教授が、いきなり従業員選挙を実施する。元の部署に残る者と去る者、そして新たな職場に戸惑う者。次々と繰り出される奇策はホテルをどこへ導くのか。
東京クリティカル連合:編・著
『平成版 東京五大』
垣内出版 1728円
神社、商店街、祭り、さらに親子丼や煮込みまで、様々なジャンルの「東京五大○○」を選んでいる。ただし、あくまでも独断と偏見が命。異論・反論ありのラインナップだ。五大ストリップ劇場を制覇するのも、五大霊園に額ずくのも一興。魅惑の都市探検の旅へ。
関川夏央 『人間晩年図巻 1990―94年』
岩波書店 1944円
かつて、『家族の昭和』で文芸表現を「歴史」として読み解こうとした著者。ならば本書は、人の晩年を通して「現代史」を記述する試みだ。何度か交錯した中上健次と永山則夫の人生。ハナ肇と仲間たちが生きた戦後芸能史。彼らが逝った90年代もまた甦ってくる。
辛酸なめ子 『辛酸なめ子の世界恋愛文學全集』
祥伝社 1620円
時代を超越した恐るべき処世術「竹取物語」。5話中4話が死刑で終わるダークな恋愛譚「好色五人女」。純粋な恋愛ができない作家の「蒲団」。辛い恋を快感に変える極意「はつ恋」。社会や人間を鮮やかに斬るコラムニストが、名作から禁断の教えを抽出する。
手束 仁 『プロ野球「黒歴史」読本』
イースト・プレス 972円
シーズン真っ盛りのプロ野球だが、今年は清原事件がどこか尾を引いている。本書に登場するのは、その清原をはじめとする75人だ。堀内や江川などの“悪役”選手もいれば、広岡や落合といった“クセ者”監督もいる。元ヒーローたちの栄光と転落の物語だ。
(週刊新潮 2016年7月21日号)