「週刊新潮」に、以下の書評を寄稿しました。
カジュアルに哲学に近づく一冊
小川仁志 『〈よのなか〉を変える哲学の授業』
イースト新書 930円
最近、書店で「哲学」関連の本が目立つ。店によっては平台にコーナーが設けられていたりする。タイトルに「哲学」と入った本が多数出ていること、また手に取る読者もかなりいるということだ。なぜなのか?
政治や経済、いや個人の仕事や家庭も先が見通せない不安定な時代だ。一方、情報だけは過剰なほど供給されている。何をどう判断しながら生きていけばいいのか、迷ってもおかしくない。そんな時、哲学が視野に入ってくる。時代や時流を超えた普遍的な価値や原理のようなものを踏まえ、自分の頭で考えるためだ。
小川仁志『〈よのなか〉を変える哲学の授業』の持ち味は、カジュアルな語り口で哲学との距離を縮めてくれること。著者の専門である「公共哲学」を足場に、自分自身と〈よのなか〉を変える方法を探っていく。それが社会活動、起業、文化、有名性、そして政治活動の5つである。
文化の章には宮崎駿が登場する。キーワードは希望。宮崎作品における「飛行」はその象徴だ。ドイツの哲学者エルンスト・ブロッホの『希望の原理』も紹介され、文化による希望の実現の意味が示される。また小説家の事例として挙げるのは村上春樹だ。「ありふれたものを違った視点から見る」手法が、『方法序説』のデカルトと重なるという。
日本思想の大きな流れを知りたければ、同じ著者の『日本哲学のチカラ』(朝日新書)がある。古事記から村上春樹までを概観するユニークなニッポン論だ。
荒川佳洋
『「ジュニア」と「官能」の巨匠 富島健夫伝』
河出書房新社 3132円
ジュニア小説と官能小説の作家・富島健夫。かつてはどちらも蔑視と黙殺の対象だったと著者は言う。しかし富島にはジャンルもレッテルも意味がなく、ひたすら「小説」を書き続けたのだと。稀代の青春小説作家にして合理主義者。その素顔に触れる初の本格評伝だ。
吉野朔実
『吉野朔実のシネマガイド シネコン111』
エクスナレッジ 1728円
著者は文学と映画を愛した漫画家。昨年4月に逝去した。このイラストエッセイ集に登場するのは、『人生は、時々晴れ』『殺人の追憶』など、ほとんどがミニシアター系の逸品ばかりだ。「美しくて苦くて強い映画だった」という率直な感想をまた聞いてみたい。
湯浅 博 『全体主義と闘った男 河合栄治郎』
産経新聞出版 2052円
『学生に与う』という書物もその著者も知らない世代が増えた。そんな今だからこそ再評価する意味がある。官僚時代は官僚国家主義と闘い、帝大教授の立場で軍部による政治介入を批判。扇谷正造が「思想のしたたかさ」と評した、自由主義知識人の不屈の生涯だ。
(週刊新潮 2017年4月6日号)
勝田 久
『昭和声優列伝
~テレビ草創期を声でささえた名優たち』
駒草出版 2376円
著者はアニメ『鉄腕アトム』でお茶の水博士を演じたベテラン声優である。第一部は自身の回想録だ。そして第二部には32人もの声優が登場。神谷明、井上真樹夫、野沢雅子、野沢那智、大山のぶ代、小原乃梨子などの肖像が臨場感あふれる文章で描かれていく。
オフィス・ジロチョー:編
『佐野洋子 あっちのヨーコ こっちの洋子』
平凡社 1728円
絵本『100万回生きたねこ』、エッセイ集『神も仏もありませぬ』などで知られる佐野洋子。没後7年、そのエッセンスを詰め込んだ本書には原画、文章、写真が並ぶ。「佐野洋子を一言で」のアンケートに、元夫の谷川俊太郎が「一言でなんか言いたくない」。
(週刊新潮 2017年3月30日号)