日曜劇場「この世界の片隅に」
戦時下の「日常」丁寧に描く
日曜劇場「この世界の片隅に」(TBS-HBC)は決して大きな物語ではない。背景となっているのは戦前から敗戦にかけての「戦争の時代」だ。しかし国家や軍人の話ではないし、戦場の場面も登場しない。
主人公は広島市の郊外で育ち、県内の呉に嫁いだ北條すず(松本穂香)。ただしヒロインではあるのだが、たとえばNHK朝ドラ「とと姉ちゃん」の小橋常子のように出版社を創立したり、「べっぴんさん」の坂東すみれのように子供服メーカーを興したりはしない。市井の女性であり、普通以上にぼんやり、のんびりしている。そして明るくて優しい。
18歳のすずが海軍に勤める公務員、北條周作(松坂桃李)と結婚したのは昭和19年だ。早朝、坂を下って井戸の水を汲んでくることに始まり、三度の炊事、洗濯、掃除、縫い物、さらに足の悪い義母の世話と、嫁いだ日から休む間もなく働いている。現代から見たら過重労働に思えるかもしれないが、すずは細かいことを気にしない。自分が周作や北條の家に必要とされていることを素直に喜びながら生活している。
このドラマを見ていると、戦前も戦中も「人の暮らし」は続いていたという当たり前のことを思う。どんな時代にも「日常」というものが存在するのだと。
ごく「普通」の女性が過ごす、ごく普通の「日常」。ところが戦争が進んでいくことで徐々に世の中も人々も変わっていく。普通が普通でなくなっていき、当たり前が当たり前でなくなっていく。だからこそ、すずの(そして私たちの)「日常」や「普通」や「当たり前」が、何物にも代えがたい大切なものだとわかってくる。小さな物語が静かに伝える、大きなメッセージだ。
主演の松本穂香は、朝ドラ「ひよっこ」で主人公・谷田部みね子(有村架純)が集団就職で入社した向島電機の同期、青天目(なばため)澄子を演じて注目された。この時の澄子のぼんやり感やおっとり感と、松本自身がもつ透明感や純粋さのイメージが北條すずのキャラクターと見事に重なっている。
また夫役の松坂、その姉である尾野真千子、すずの母親の仙道敦子、そして遊郭の遊女・リン役の二階堂ふみなどいずれも適役で、じっくりと物語の世界を味わうことができる。
全体としてはレベルの高いドラマになっているが、もしかしたら途中で、延々と続く「日常」に飽きる視聴者も出てくるかもしれない。とはいえ、この夏ゴールまでつき合う価値のある1本であることは間違いない。
(北海道新聞「碓井広義の放送時評」2018年08月04日)