2014年も前半戦が終了しました。何とも早い。年齢と共に加速化しているような気がします。
この12年間、ほぼ1日1冊のペースで本を読み、毎週、雑誌に書評を書くという、修行僧のような(笑)生活を続けています。
今年の上半期(1月から6月)に「読んで書評を書いた本」の中から、オトナの男にオススメしたいものを選んでみました。
閲覧していただき、一冊でも、気になる本が見つかれば幸いです。
2014年上半期
「オトナの男」にオススメの本
(その1)
楡 周平 『象の墓場』
光文社
象は自らの死期を悟った時、密かに群れから離れ、墓場に向かうという。本書は巨大企業を象にたとえた長編小説だ。モデルとなっているのはコダック。その崩壊の過程は、他山の石とするにしても悲劇的だ。
最上栄介が勤務するのはソアラ・ジャパン。親会社である米国のソアラ社は世界最大のフィルム会社だ。1992年、最上は新たなデジタル製品の販売戦略を担当することになる。だが、テレビにつないで静止画を見るだけの商品には魅力も訴求力も不足していた。
大企業であるために経営陣には現場の声が届かず、旧来のビジネスモデルに固執した決定を下す。また、なまじ歴史があるために時代の流れを読み誤り、たとえ気がついても方向転換は容易ではない。怒涛のようなデジタルの波は、いかにして人と企業を飲み込んでいったのか。
清水 潔 『殺人犯はそこにいる〜隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』
新潮社
『桶川ストーカー殺人事件−遺言』の著者による新作ノンフィクション。テーマは未解決のまま放置されている連続誘拐殺人事件だ。
この17年の間に、北関東のあるエリアで5人の幼女が被害に遭っていた。パチンコ店での誘拐、河川敷で遺体が発見されるなど共通点も多い。警察は「足利事件」の菅家利和さんを犯人だとして、全ては終わったことになっていた。
しかし菅家さんは無罪を主張し、著者の取材はそれを裏付けることになる。やがて冤罪は晴れるが、そこにはDNA型鑑定という落とし穴があった。さらに、目撃証言を再検証した著者は一人の不審な男にたどり着く。限りなく犯人に近い人物だが、またもや司法の壁が立ちはだかる。
自己防衛のために警察がどれだけの嘘をつくのか。また警察に情報操作されるマスコミの実態も衝撃的だ。
天野祐吉 『天野祐吉のCM天気図 傑作選』
朝日新聞出版
昨年亡くなった著者が29年続けた人気コラムが一冊に。80年代のバブル期には浮かれる社会を冷静に見つめ、90年代には原発の意見広告を痛烈に皮肉った。また不況を嘆くより、経済大国という価値観の見直しを提唱。単なるCM時評ではなく、鋭い社会批評である。
梶村啓二 『「東京物語」と小津安二郎〜なぜ世界はベスト1に選んだのか』
平凡社新書
小津映画に対する高い評価は、すでに一種の常識となっている。特に「東京物語」に関しては、シナリオ、演出、撮影技法から俳優の演技までが語り尽されていると言っていい。小説家である著者が選んだのは、あたかもこの作品に初めて接した外国人のように、裸眼で見つめ直すという試みだ。
たとえば原節子演じる紀子という未亡人の役割の複雑さと重み。反演技のコンセプトに基づく完全な設計と計画性に貫かれた笠智衆の演技。キーワードは普遍性だ。「尊厳を守ろうとして自己欺瞞に苦しむ人々の物語」が浮上してくる。
宮部みゆき 『ペテロの葬列』
集英社
『誰か』『名もなき毒』の杉村三郎が帰ってきた。今多コンツェルン会長の娘婿にして、グループ広報室に勤務する三郎。社内での立場は微妙だが、あくまでも普通の男である。ところが、なぜか奇妙な事件に巻き込まれてしまうのだ。
仕事で出かけた郊外の町。帰途、三郎はバスジャックに遭遇する。拳銃を持った犯人は小柄な老人だ。終始落ち着いており、常客を傷つけたりもしない。要求は3人の人物を現場に連れてくること。しかし、それも果たされないまま警官隊が突入し、老人は死亡する。それはわずか3時間の出来事だった。
事件は終わったかに見えた。だが人質となったメンバーの元に、老人から「慰謝料」が届いたことで事態は再び動き出す。いや、むしろ本当の事件はここから始まるのだ。刑事でも探偵でもない三郎の活躍も。
蜷川幸雄 『私の履歴書 演劇の力』
日本経済新聞出版社
演出家・蜷川幸雄の全体像が凝縮された本書は、主に3つのブロックで構成されている。まず日経新聞に連載した「私の履歴書」。次に語り下ろしの「演劇の力」。そして1997年から2013年までの演出公演パンフレットに掲載された自作解説である。
俳優から演出家へ。清水邦夫の『真情あふるる軽薄さ』は1969年、34歳の時だ。そこから悪戦苦闘が続くが、「売れない俳優が現場で感じたあれこれが、演出家の勉強」だった。
初めての商業演劇は松本幸四郎主演『ロミオとジュリエット』。稽古の際、ある俳優が大声を出す場面を小声で済まそうとした。理由は「声がつぶれるから」。蜷川は怒る。「明日つぶれるなら今日つぶれろ」。
それから40年。78歳の全身演出家は枯れることを拒否し、今も「パンクじじい」を目指して疾走中である。
伊東 潤 『峠越え』
講談社
「この厄介な時代を生き残るには、己を知ることが何よりも大切だ」――本書の主人公・徳川家康はそうつぶやく。自らの凡庸さを悟り、それを武器に天下を手中にした男の冒険譚だ。
物語は甲斐の武田家が滅んだ天正十年(1582)から始まる。信長と一献傾けていた家康は、自身の転機となった桶狭間の戦いを回想する。この時、今川義元傘下から敵将だった信長の懐へと飛び込んだ。以来、細心の注意でこの天才的暴君に仕えてきた。信長の厳しい要求に応えての転戦に次ぐ転戦。また周囲の武将たちとも軋轢を生まぬよう心を配ってきた。
そんな家康に最大の危機が迫る。信長が密かに家康の暗殺を企てたのだ。だが当の信長にも、後に「本能寺の変」と呼ばれる災厄が降りかかろうとしていた。家康は起死回生の「峠越え」を決意する。
松田美智子 『サムライ〜評伝 三船敏郎』
文藝春秋
生涯出演本数150本を誇る俳優・三船敏郎。中でも黒澤明監督とのコンビで生み出された名作の数々は今も色あせることはない。「世界のミフネ」と呼ばれた男の77年の軌跡を追った、初の本格的評伝である。
本書には三船を身近に知る人たちの貴重な証言が多数収められている。殺陣師の宇仁寛三もその一人だ。『用心棒』での十人斬りは太刀捌きの速さをカメラが追えなかった。宇仁は黒澤に相談してカットを割ってもらったと言う。
役作りは完璧で、撮影現場にも一番乗りする。スタッフへの気配りも忘れない愛すべきスターは、ついに世界進出も果たす。順風満帆だった三船に苦難が押し寄せるのは、自らの会社を興し映画製作に乗り出してからだ。また女性問題や離婚騒動も栄光の歩みに影を落とした。本書はそんな三船の全体像に迫っていく。
猪谷千香 『つながる図書館〜コミュニティの核をめざす試み』
ちくま新書
かつて「無料貸本屋」と揶揄された公共図書館に大変革が起きている。その実例はTSUTAYAと連携した佐賀県の武雄市図書館だけではない。公募館長が働く長野県小布施町「まちとしょテラソ」は、学びや子育てのベース基地だ。鳥取県立図書館はビジネス支援図書館を目指している。
またカフェや無線LANが利用できる東京・武蔵野市の「武蔵野プレイス」は、市民が「住みたい」と言うほど快適な空間だ。単に本が置かれている場所から市民活動の拠点、コミュニケーションの場へ。地元の図書館を見直してみたくなる。